ニュース記事

独メルケル首相 アウシュビッツ初訪問「終わることない責任」

独メルケル首相アウシュヴィッツを初訪問

ドイツのメルケル首相が初訪問されたアウシュヴィッツの記事を保存のため、以下コピーのにより紹介します

NHKニュースより

ドイツのメルケル首相は、第2次世界大戦中、ナチス・ドイツによる大量虐殺が行われたアウシュビッツ強制収容所を初めて訪れ、犠牲者を悼みました。反ユダヤ主義に基づく犯罪が増加する中、ナチスの過去と向き合う必要性を改めて訴えるねらいがあったと見られています。

ドイツのメルケル首相は6日、ポーランド南部にあるアウシュビッツ強制収容所の跡地を初めて訪れ、ポーランドのモラウィエツキ首相とともに、大勢の人々が銃殺された「死の壁」と呼ばれる場所を訪れて花輪をささげ、犠牲者を悼みました。

そのうえで「犯罪行為を記憶し、加害者に言及し、犠牲者の尊い思い出を心にとめることは終わることのない責任だ」と述べ、加害国ドイツが果たすべき責任について強調しました。

アウシュビッツ強制収容所では、第2次世界大戦中、ナチス・ドイツによってユダヤ人を中心に少なくとも110万人が虐殺されました。

ドイツの首相が在任中にアウシュビッツ強制収容所を訪問するのは、旧西ドイツ時代を含めて3人目で、メルケル首相はあらたに6000万ユーロ、日本円にして72億円余りを施設の維持のために提供するとしています。

ドイツでは、反ユダヤ主義に基づく犯罪が増加していて、メルケル首相としては今回の訪問で、ナチスの過去と向き合う必要性を改めて訴えるねらいがあったと見られています。

メルケル独首相、アウシュビッツ初訪問 「深き恥」表明

2019.12.8ドイツのメルケル首相が初めてアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所に行きました。その記事の詳細を保存のため以下コピーしました。
AFPBB NEWSより

ドイツのアンゲラ・メルケル首相(65)が6日、在任中の14年間で初めて、ナチス・ドイツがポーランドに設置したアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所を訪れた。メルケル首相は、ナチスが犯した罪を認めることはドイツのアイデンティティーの重要な一部であり、反ユダヤ主義の増大に立ち向かう上でも必要なものだと表明した。

 ホロコースト、ユダヤ人大量虐殺)の象徴である同収容所の跡地を訪れたのは、ドイツ首相としてはメルケル氏が3人目。1945年1月27日に同収容所がソ連軍によって解放されてから来月で75年となり、これを前にしたメルケル氏による同地訪問は重要な政治的メッセージと受け止められている。

メルケル氏は、ナチスによる犯罪を「記憶しておくことは…決して終わることのない責任の一つだ。わが国と不可分に結び付いている。この責任を認識することは、国家のアイデンティティーの一部だ」と表明。1940~45年に100万人のユダヤ人が命を落としたアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所での出来事はドイツの「深き恥」であると述べた。

 メルケル氏はまた、ドイツでは近年、ユダヤ人などに対するヘイトクライム(憎悪犯罪)が「憂慮すべき水準」に達していると語り、「反ユダヤ主義と闘うためには、絶滅収容所の歴史が共有され、語られる必要がある」と指摘。アウシュビッツは「この記憶を生かし続けることを要求している」と述べた。

 ドイツ政府はメルケル氏訪問前日の5日、同収容所の関連財団への新たな寄付金6000万ユーロ(約72億円)を承認していた。

「命のビザ」発給後、被整理者に 杉原千畝の履歴書発見

 

杉原千畝氏の新たな履歴書が発見されました、以下新聞記事を保存の為コピーしました。

第2次世界大戦中にナチスの迫害を受けるユダヤ人に「命のビザ」を発給した外交官・杉原千畝(ちうね)氏(1900~86)の履歴書が新たに見つかった。帰国後に外務省を辞め、参院事務局の職員に転職したことが判明。外務省は杉原氏の退職理由を「不明」としており、ビザ発給後の杉原氏に関する史実解明につながる可能性がある。

 発見されたのは杉原氏が参院に提出した履歴書と、勤務実績を示す人事記録の計2枚。参院事務局が7月下旬に見つけ、遺族や関係者でつくる「杉原千畝記念財団」が21日公表した。

 杉原氏は1940年、赴任先のリトアニアで日本の通過ビザを多数発給することでユダヤ人約6千人を助けたとされる。47年4月の帰国後は、NHKや商社などの職を転々としたが、49年2~10月に参院資料課で主事として勤務したことが新たに判明した。

 履歴書では外務省の退職理由を依願退職としつつ、「(47年)3月の行政整理に際し被整理者に予定せられたる」と記載。ビザ発給後、帰国前の段階でリストラ対象者とされていた。

アンネの日記 から明かされた「下ネタ」でアンネが伝えたかったこと

ナチス・ドイツから逃れようと隠れ家で生活していたユダヤ人少女による「アンネの日記」で、これまで公表されていなかった2ページ分の内容が15日、明らかにされた。当時13歳のアンネ・フランクさんは、セックスについて思ったことや、性的なジョークを書き綴っていた。

アンネさんはオランダ・アムステルダムの隠れ家で潜伏生活を始めて間もない1942年9月28日、性的ないわゆる「下ネタ」ジョークを4つ、書き記していた。

続きを読む

アウシュヴィッツに祈りを、解放73年式典

2018年1月27日 アウシュヴィッツ強制収容所 解放73年式典が開かれました

アウシュビッツで追悼式典 生還者も出席

第2次世界大戦中、ナチス・ドイツによる大量虐殺が行われたアウシュビッツ強制収容所が解放されて73年となった27日、収容所の跡地で、生還者も出席して、追悼の式典が開かれました。

 

ポーランド南部にあるアウシュビッツ強制収容所では、第2次世界大戦中、ナチス・ドイツによって、ユダヤ人を中心に少なくとも110万人が、ガス室などで虐殺されました。

収容所が解放されてから73年となった27日、収容所の跡地では、およそ60人の生還者も出席して犠牲者の追悼式典が開かれました。
この中で、ポーランドのモラウィエツキ首相は、「ここでは恐ろしい犯罪が行われた。人種差別や反ユダヤ主義などがあってはならない」と訴えました。

また、式典に先立って、生還者たちは、収容所で「死の壁」と呼ばれる、囚人たちが銃によって処刑された場所を訪れ花を手向けて犠牲者を悼みました。

政治犯として1年半を過ごしたというポーランド人のアリナ・ドムブロフスカさんは、NHKの取材に対し、「あす生きていられるかわからない恐怖を感じながら、1日1日を過ごしていました」と、当時の過酷な日々を振り返っていました。

ドムブロフスカさんは、94歳の今も、ポーランドやドイツの学校で体験を語り継ぐ活動を続けているということで、「自分の体験を若い世代に伝えることが重要です。いつまでも覚えていてほしい」と話していました。

続きを読む

安倍晋三首相「日本人として誇り」 リトアニアで杉原千畝記念館を視察

2018年1月14日午前、安部総理はリトアニアのカウナスを訪れ杉原千畝記念館を訪れました。

欧州歴訪中の安倍晋三首相は14日午前(日本時間14日午後)、リトアニアのカウナスを訪れ、先の大戦中にユダヤ人難民を救った「命の査証(ビザ)」で知られる外交官、杉原千畝(ちうね)氏の記念館を視察した。

続きを読む

「命のビザ」にソ連の影 杉原千畝の活動を経済利益・軍事情報狙い“容認”か 露の歴史研究で判明

杉原千畝が発給したビザの新たな事実が発表されました。

第二次大戦中に多くのユダヤ人を救った“命のビザ”で知られる日本人外交官、杉原千畝(ちうね、1900~86年)が進めたリトアニアからの救出劇の成功の背景には、ソ連領を通過するユダヤ人から経済的利益や軍事情報を得ようというソ連側の狙いがあったことが、ロシアの歴史研究家らの共同研究で分かった。

続きを読む