命のビザとは

「命のビザ」それは、リトアニア・カウナス日本領事館の杉原千畝領事代理によってユダヤ難民に発給された日本通過ビザをいいます。それはすでにポーランドや、デンマークなどがドイツのの手に落ちていたので、ユダヤ人の逃亡方法は日本の通過ビザを取得して、第三国へ出国するという経路しか残されていなかったためでした。そこで1940年7月18日早朝、ビザを求めるユダヤ人約200人が日本領事館の前に詰めかけました。その後杉原千畝は、ビザの大量発給に伴い当時の外務大臣に電報を打って判断を仰ぐなどしましたがいずれも「ビザ発給拒否」の回答。しかし間近に三国軍事同盟の締結が迫るなど日増しにユダヤ人に対する状況は悪化していました。そして杉原千畝は苦慮の挙句人道主義、博愛主義第一という結論からビザ発給という判断に至りました。そこから休みもいとわず日本通過ビザを発給し続け、最終的には2139枚、約6,000人のユダヤ人たちが救われたとされています。

以下は、発給された日本通過ビザの写しです。もちろん当時はワープロやパソコンなどはなく、すべて手書きでありました。しかしビザを書き続けている間途中でユダヤ人の技術者がそっくりなゴム印を作り、そこからビザ発給がさらにスピードアップしました。

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