アウシュヴィッツ第一収容所 写真

アウシュヴィッツ第一強制収容所見学写真の紹介記事です。施設内の様子をリアルに解説付きで詳しく見ることができます。これまで写真や報道などで観ることがありましたが、行かなくてはわからないことがたくさんありました。むしろあえて行ってみることで、改めて戦争の恐ろしさや人間が人間を苦しめるその脅威を確認することができました。決して遠い世界のことではなく、実際に身近で起きた出来事であることがわかりました。できる限りの解説付きで、なるべく順番を追って観ていただけるように並べました。またこのサイトでは、この次に第二収容所ビルケナウの見学写真や第一第二収容所の見学動画も用意しています。さらにそちらもぜひご覧になっていただきますように。ではこのままスクロールしていただき、アウシュヴィッツ第一強制収容所見学写真をご覧ください。

アウシュヴィッツ第一強制収容所

収容所入口

ここは入場券売り場にもなっています。アウシュヴィッツを訪れた際には必ずここをとうります。またここで中谷さんとも合流するとともに解説用のイヤホンを借ります。そして中谷さんより若干の説明を受けて収容所内に入っていきます。自身としてはここで「いよいよはいるのか」との思いで少し緊張していたことを覚えています。さらに世界中からここに訪れていることがわかり、関心の高さがわかりました。

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アウシュヴィッツ強制収容所全景

入場手続きを終えて収容所内に少し入ったところから撮影したものです。ちなみに収容所内はすべて撮影Okです。ただし髪の毛が展示してあるところは撮影が禁止されています。

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 施設内

入場から施設内に向かう途中。日本人ガイドの中谷さんを先頭に歩いているところです。このあたりから中谷さんの説明が始まっていますので、先ほど借りたイヤホンに意識を傾けながらどんどん写真とハンディカムをまわしているところです。この時の日本人見学者は約6~7名でした。ずっと日本人に会わない日が続いていましたので、少しほっとしました。

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 ARBEIT MACHT FREI

この文字は「働けば自由になる」と書かれた入口門。この文字の意味は、希望を持たせるためのもので、ここから数百万人の人が強制的に連れてこられ、この門を通ったとされています。注目なのが文字の左から3番目のBの文字がさかさまになっています。これは門を作らされた囚人の抵抗のあかしとされているものです。

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 見学者たち

入場を前に説明を聞く各国の人たち。見学者たちは、それぞれ支給されたヘッドホンを付けてガイドの内容を聞きます。見学者たちは各国に分かれていますので、その国の言葉で説明を聞くことができます。ここからはまさに説明を聞き漏らさないあために、必死に聞き入ったものでした。

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 門

アウシュヴィッツ強制収容所入口の全景。わずか70年前、ここが恐怖であったことが実感するところです。ちなみにARBEITアルバイテンとはドイツ語で、日本のアルバイトはこのドイツ語のアルバイテンからきています。この門をくぐっていくと、いよいよ当時の展示品をみることになります。

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展示見学

展示を観ている様子。ついこの間まで、身に着けていたものなどがそのまま保管展示されており、言葉に詰まる思いがしました。ここに写っている人たちはこのとき一緒に中谷さんに見学申し込みをした日本人同士です。3:2ぐらいで男性が少し多かったです。このとき自分自身もイヤホンで説明を聞くのと写真を撮るのとハンディカムをまわすのと実際に展示品をみるのと一人4役をこなしていました。だから一瞬一瞬真剣でした。

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 カバン

囚人たちがここに来るために持ってきたカバン。このカバンには、帰れる希望を持たせるために、兵士に指示され自分で自分の住所を書かされました。カバンをよく見ると、オーストリアなどヨーロッパ各国の地名があります。この一つ一つのカバンの住所と名前をみたときは、言葉がありませんでした。希望を持たされた囚人たちはどんな気持ちでこれを書いたのか。このようにナチスは巧みに囚人たちを騒がせないように、徐々に追い込みながらユダヤ人たちを抹殺していたことがわかります。

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 チクロンB

ガス室に入れたチクロンBとその空き缶と出荷証明書です。。なおチクロンBを製造している会社は、今も現存しているそうです。大量虐殺をするために使用したこれが、チクロンBかと思いました。もともとチクロンBは協力殺虫剤でありガス室で虐殺をするために作られたものでは、もちろんありません。だがガス室で虐殺するには約15分ほどかかっていたそうです。日本でいえば強力キンチョールを使っていたことになります。

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空き缶

チクロンBが入っていた空き缶の山。もちろんここに残されているのはほんの一部であり、当然当時はもっと空き缶があったものだとされます。ただただ恐ろしいとしか言いようがありません。このチクロンBで虐殺していたかと思うと身の毛が立つのと同時に、その使用後の空き缶をこうしてみることに考え深いものがあります。思わずずっとみてしまいました。

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 地図

ヨーロッパ全土から集められたユダヤ人の数と地名が入った地図。ナチスは全ヨーロッパからとどこうりなくユダヤ人を収容所に集めていました。

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生活品

空き缶空き瓶のフタ。中には日本のメーカーのものもあり、ニベアの青いフタがあります。これらの様子から、この収容所に来るまではごく普通の生活をしていたものとわかります。それが突然強制的に連れてこられて、強制的に没収されたことがうかがいしれます。

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日常品

櫛やブラシといった小物類があります。当時としてのユダヤ人たちの生活のレベルの高さがうかがえます。まさにここへ強制的に連れてこられるその寸前まで、日常生活がありその日常生活での日用品をそのまま持ってきて没収された感じです。なにか一つ一つをみているとついその寸前まで人々が使っていた様子がわかり、なんか今でもすぐに動き出すようなきがします。

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囚人服

囚人たちが着ていた服。余りにも粗末な服で、これで過酷な冬を過ごしていたかと思うと想像を絶するきがしました。もちろん当時ナチスは、ユダヤ人を人間とは思ってなく、ただの虫けらのようにしか思っていなかったのです。これで耐えなければならないと考えると、言葉がありません。ただ記録に収めるだけでした。

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囚人服

幼児の服。当時のナチスによるユダヤ人迫害に女子供のみさかえはありませんでした。だからこの幼児の服をみると、いかに幼かったかがわかります。

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煙突

アウシュヴィッツ第一収容所内にあるガス室の煙突。かつてここから罪のない人々を強制的に収容所に集められそして、ガス室で虐殺され燃やされていたとされる。その煙がモクモクと出ていたはずです。

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ガス室入口

アウシュビッツ第一強制収容所内ガス室入口。ここから実際にガス室に入って見学します。もちろん中には遺体はありません。ただ本当についこの間、「ここに遺体が散乱していたんだな」と思わせる雰囲気があります。

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ガス注入口(ガス室内)

ガス室の天井にあるチクロンB(ガス)を充填するための注入口。このチクロンBのガスで約15分で大量虐殺をしていたそうです。ちなみにガソリン注射は1分で殺害できるそうです。

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絞首台

アウシュヴィッツ強制収容所初代所長のヘスが処刑された絞首台。解放後、ヘスは裁判にかけられ死刑を言い渡されました。そして死刑執行までの間に、家族あてに手紙を送っています。一つは妻あてに、「名字を変えて生きていきなさい、私と同じ名字であっては何かと不便になるから」と気遣いをしている内容となっていました。もうひとつは子供あてで、「うんと勉強しなさい、そして誰かに指示されても自分で判断がつくようにしなさい。私のように(父)、なんでも聞いていたのでは正しい道を誤るから」との子供に対する将来への心配をされた内容だったそうです。収容所の隣に住んでいたヘスは、わずか数メートルのところでは、極悪の顔をしておきながら家に帰るとなんら普通の父親の心をもつ、普通の父親だったのです。

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ヘスの家

初代アウシュヴィッツ所長ヘスの家は、敷地内の塀を挟んだ隣にある。もちろんここで妻と子供といっしょに暮らしていた。ただ、妻と子供はこのわずか数十メートル先でユダヤ人たちが苦しめられていることは、完全には知っていなかったようだ。

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死の壁

ここで、背中を向けさせられ銃殺をするためにつくられた壁です。無数の弾丸の穴があり、とても近くにはよれませんでした。

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マーク仕訳表

囚人たちに付けていた星のマークの種類。ある囚人には殺人犯の星マークを付け、又ある囚人には万引き犯の星マークを付けさせました。そして、仮説をたてて囚人たち同士が警戒するように心理的に追い詰めました。こうしたことからナチスは巧みな心理戦を用いて囚人管理をしていたそうです。

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 当時与えられていた食料

一日の取れる摂取カロリーは約1300から1700と決められていたそうだが、実際はその半分も与えられていあなかったとされています。

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義足

没収された義足です。当時ナチスドイツは障害者も排除の対象となっていたことから、このように集められたものです。当時としてこれらの義足はとても技術が高く精度がよかったそうです。

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囚人番号

囚人たちが押された囚人番号で、むやみやたらと押された番号のあとが生々しく映っています。なお2014年アウシュヴィッツ収容所内で当時の囚人番号器具が見つかったとされています。その詳しいニュース記事がこちらです。→http://maemuki.me/irezumi

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子供たちの写真

収容所内にいた子供たちの写真。この写真をとうしても、いかに悲惨な状況かがよくわかります。とりわけ双子の子供は人体実験によく使われたとされています。

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成人女性たちの写真

この写真をとうしても、子供たちと同様にいかに悲惨な状況かがよくわかります。

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子供の囚人を管理するために撮られた写真と遺品

収容所内では、子供も容赦なく厳しい環境に置かれていたことがよくわかります。

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絞首刑場

みせしめで設置されているのと同時に、集団で処刑できるようになっている。

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アウシュヴィッツ強制収容所全部の航空写真

下の部分が第1収容所、上の部分が第2収容所。当時は第3収容所もあったのですが、現在は残っていません。

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アウシュヴィッツ強制収容所館内の各展示の写真撮影したものを紹介したサイトです。もちろん当時ユダヤ人の方々が身に付けていたもの、持っていた実際のものです。日頃の日常的なものばかりで、それだけに何か考え深いものがあります。尚この展示見学の中で、実際に強制的に切られた髪の毛がありましたが、そこでの撮影は禁止となっていた為、記録がありません。理由は遺族の方が来られていることもあり、配慮の上から撮影等は禁止ということでした。