アウシュヴィッツ強制収容所からの帰還者

展示会「プリーモ・レーヴィの世界」が、イタリア、トリノのマダマ宮殿で、4月6日まで、開催されています。
イタリアで、最も有名な、アウシュヴィッツ強制収容所からの帰還者、プリーモ・レーヴィが、ナチスに捕まったのは、24歳の時。若い科学者であった彼は、アウシュヴィッツ強制収容所では、科学者であったことから、他の囚人とは別に、研究室で、働かされました。

 
詳しい内容は以下のサイトにあります。

プリーモ・レーヴィトリノのユダヤ人家庭に生まれる。1937年からトリノ大学で化学を学ぶ。第二次世界大戦中、ナチスによるトリノ占領に対してレジスタンス活動を行う。1943年12月スイスとの国境沿いの山中で捕らえられ、そのまま強制収容所に送られる。1945年1月、アウシュヴィッツ解放、強制収容所より生還。戦後は化学者・技師として働きながら、1947年の『これが人間か』以降、『休戦』『溺れるものと救われるもの』などでアウシュヴィッツの体験をテーマとして描く一方、いくつかの幻想小説も発表。1979年、『星型のスパナ』(La chiave a stella)でストレーガ賞を受賞、名実ともにイタリア文学を代表する作家となる。イスラエルのパレスチナ占領政策に反対を表明し、物議を醸したことがある。また、ナチスによる絶滅収容所政策を「ホロコースト」と呼称することに反対した。

1987年、自宅アパートの階段から転落して死亡(自殺とする説もあるが、遺書などの確たる証拠はない)。墓碑には、名前と生没年の他にアウシュヴィッツでの彼の囚人番号「174517」が刻まれている。

 

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